22年ぶりの再会
きのうは札幌へ日帰りで行ってきました。
北海道詩人協会の総会と詩人祭出席のためです。
詩人協会の会員になって25年くらい経ちますが、函館在住ということもあり、これまで総会など協会の行事には殆ど出席していませんでした。
しかし昨年、詩集『陸繋砂州』で協会賞を頂き、札幌での授賞式に出席しました。
審査にあたった方々はじめ協会員のみなさん、函館や室蘭・小樽から駆けつけてくれた詩誌同人や友人が祝ってくれました。
そのお礼もこめて、今回の参加でした。
朝、函館発8:30のJR特急でした。
駅まで車で送ってくれた長男が、入ってすぐの案内板を見てというので、写真を撮りました。
息子の会社が設置したもので、タッチ操作でいろいろ見られるそうですので、函館観光へいらした折りにはご利用くださいね。
1年ぶりの札幌には正午少し前に着きました。
会場は、札幌駅北口のアスペンホテルです。
総会で事業報告や収支決算、新理事の紹介などが行われたあとに、第49回北海道詩人協会賞の贈呈式でした。
『海の街から』(私家版) 湯田 克衛 さん
『A゜オングストローム』(緑鯨社)おのさとし さん
北海道詩人協会賞は、昨年一年間に発行された詩集が対象で、会員・非会員を問いません。
今年も二詩集の受賞となりました(最後まで残った二作で決選投票をして同数)。
湯田さんは77歳。『留萌文学』を長く主宰されて、詩の他、戯曲・小説も書かれるそうです。
おのさんは『小樽詩話会』所属。急病で代理の方が受けとられていました。
休憩の後、会員の自作詩朗読とスピーチの時間です。
隣に座っている友人の松中洋子さんが「あら、森山軍治郎さんがどうして来ていらっしゃるんだろう」と言っていて、
え?と思いましたが、わたしは二つ用意した詩のどちらを読むか直前まで迷っていて、それどころではありませんでした。
結局、いちばん新しい「内側の虹」という詩を読みました。
雪でつぶれた美唄の廃業した映画館のことが入っている作品です。
読み終えて、ほっとしてから、えっ森山軍治郎さんってあの時の、と記憶が甦りました。
『北方文藝』の編集をされていた方です。
(日本民衆史などの研究をされている大学の先生でもありました。松中さんが、何で詩人協会の集まりにと訝ったのも無理はありません)
森山さんに一度だけ会ったことがありました。
1990年の初秋でした。
正確な年を知っているのは忘れられない出来事のためです。
作家でタウン誌「街」の発行人だった故・木下順一さんの紹介でした。
『北方文藝』の方たちが函館を訪れた際のことです。
「何か書いて送って」と森山さんが言ったのでした。
締め切りまで幾日もないし、わたしは仕事もしていて時間がなかったはずなのにエッセイを書いて送りました。
その直後に佐藤泰志の訃報。
その後、エッセイが掲載された『北方文藝』が送られてきましたが
それには、佐藤泰志を悼む坂本幸四郎さんと小笠原克さんの追悼文が載っていました。
後でわかったことですが、その号の詩の月評欄で、松中さんの詩集が取り上げられてもいました。
そして、松中さんはその詩集を贈った佐藤泰志から、自死する直前にお礼のハガキを受けとっているのです。
懇親会の前に森山さんにご挨拶したら、
「あ、さっき美唄の詩を読まれましたね」と言ってくださいました。
森山さんは美唄に住んでいたのです。びっくりです。
今回来られたのは、協会賞受賞の湯田さんのお祝いでだそうです。
湯田さんとは『留萌文学』でご一緒とのこと。
『北方文藝』と佐藤泰志のことを話しました。
追悼文を書かれた坂本幸四郎さんが佐藤泰志と一緒に北方文芸賞の佳作に選ばれたとき
(そのときの北方文芸賞は小檜山博さん)
「坂本さんは嬉しそうだったが、泰志は口惜しそうだった」と仰ったのが印象的でした。
22年ぶりの再会でした。
懇親会を松中さんと一足先に抜けだして、駅の喫茶室でお茶して帰途につきました。
日付の替わる前に帰宅したら、若夫婦からプレゼントが届いていました。
そう、そう、母の日でした。
ローズティの詰め合わせ。
桜の町から薔薇の贈り物です。
幸福になる紅茶だそうです。なんてすてき!
お嫁さんにお礼のメールをしました。だって、こんな気の利いたこと、次男がするはずないので(笑)
いい旅、いい再会、いい贈り物
いい一日でした!!
後記) 長男のお嫁さんからも、きょうお花をもらいました。チイサイヒトも一緒に「いつもありがとう」のことばと共に!
生きていると、こんな幸福も。
お花見でした
日付変わって、きのうになりましたが
5日、松前へ、お花見に行って来ました。
松前に住む次男の誘いで、結婚したばかりのお嫁さんのご家族と一緒です。
ここ数日、各地に豪雨や土砂崩れなど、おおきな被害をもたらした低気圧の影響で、
道南も昨日まで雨風激しく、ひどい天気でした。
まるで桜前線を追いかけるような嵐!
道内では開花したばかりの桜が風雨に撃たれてしまいました。
5日も朝のうちは、まだ雨が残っていて、傘を持って出発です。
こどもの日だし、長男家族も一緒に行きました。
途中、白神岬を通りました。
道南最南端の岬です。
津軽海峡につきだした、青森に最も近い地です。
この時点では、雨は上がりましたが、曇り空で寒かったです。
松前へ着いてみると、お嫁さんのご家族も、ご両親をはじめ
お姉さんのご家族(ご夫妻、こども3人)、妹さんと彼と勢揃いでした。
両家併せて17人!
こどもは5人、すぐにうちとけて和やかで楽しい時間でした。
天候は晴れたとはいえ、寒くてイマイチでしたが、人出は多かったです。
さすが道内屈指の桜の名所です。
お城背景に、ソメイヨシノ、南殿などが美しく咲いています。
(さすがに冬桜はあらかた散っていました)
歩いている途中、何度も「バンバセンセー」と声が掛かりました。
次男の勤務している中学校の生徒さんたちです。
明るくて元気な気持ちのいい生徒さんたちでした。
美味しい海の幸を食べ、お土産に松前漬を買って帰ってきました。
雨傘は使わないですみました。
楽しい一日でした。
うらたじゅん作品集
昨夜ふった雨が上がって、きょうはとても好いお天気。
暖かな春の日射しが心地よいです。
先日、漫画を購入しました。
うらたじゅん作品集『嵐電』です。
大人になって漫画を買ったのは初めてです。
読むのも、実に実に久しぶりです。
幼い頃は、近所に貸本屋さんというのがあって借りて読みましたが、中学・高校時代は全く読みませんでした。
高校卒業後、上京して江古田に住んでいたころは友人の影響で『ガロ』とか、少女漫画を読みました。
大島弓子、萩尾望都が好きでした。
江古田の古本屋さんで『ジャン・ジュネ全集』などと一緒に、月刊『りぼん』などを買ったものです(笑)
結婚してからは、また全く読まなくなりましたから、わたしの漫画体験というのは、きわめて短期間の、きわめて少ない量です。
それが、なぜ購入したかというと。
前回、ブログにも書いた『オール・マイ・ラヴィング』を教えてくれた@cuminさんが、
古くからのお友達のHPを紹介してくれたからです。
http://www.eonet.ne.jp/~urata/index.html
そこで、うらたじゅんさんの「思い出のおっちゃん」を見ました。
いいな、と思いました。
紙面で、紙を捲りながら読みたい。
そして、作品集『嵐電』には、cuminさんが解説を書かれていると言うことでしたので
ぜひ読みたいと思い、北冬書房さんを探したわけです。
リストを見たら、『幻燈』№5は「うらたじゅんの世界」と特集でしたので、そちらも購入。
『嵐電』、とてもよかったです。
懐かしい風景や心象の幼少時代の思い出
情念や、理不尽な運命、生の哀しみ
とても詩的で、胸に染みます。
駄菓子屋に置かれたラムネの味のような短編漫画集。
懐かしく、淡く、透きとおっている。 (川本三郎「懐かしく淡い子供時代にひたる」より)
『幻燈』№5(’04)に寄せられた、うらたじゅんさんの作品集『真夏の夜の二十面相』の書評の書き出しです。
同誌にはcuminさんの文章も載っていて、これがまた素敵な青春グラフィティでした。
『オール・マイ・ラヴィング』は中学生の物語でしたが、彼女にはぜひ、青春篇を書いてほしいものです。
面白いなと思ったのは、『嵐電』の解説をcuminさんは映画と詩と絡めて語っていることでした。
彼女とツイッターで出会ったのも映画『海炭市叙景』でしたし、つい最近知ったのですが、好きな詩人も同じでした。
川本三郎さんは映画批評の大家ですし、佐藤泰志復活に尽力してくださった方です。
うらたさんの作品に「詩情」を感じると前述の書評で書いてもおられます。
映画と詩と漫画。
また、ひとつ出会いから、世界が広がっていきます。











出版社: 響文社 (2010/11)