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佐藤泰志の命日でした

きょうは10月10日

佐藤泰志の命日です。

東山にあるお墓に行ってきました。

 

風が強く寒い日でしたが、広い墓地公園の芝生で子どもたちが遊んでいました。

 

 

 

 

 

 

 

泰志のお墓は墓地公園の中央の芝生の区画です。

ここは高さの制限があって、同じようなサイズの墓石が並んでいます。

ほかの区画のように広大だったり豪華なものは建てられないので、光が風がまんべんなく行き渡って、明るくて気持ちが良いです。

 

 

 

 

 

 

 

お墓には、あふれるほど花が供えられていました。

 

ちょうど山の正面には、夏、夜景を見るために無数の旅行客が訪れる三百八十九メートルの山が海峡に突き出ており、両側を海に挟まれた市街地が扇のように末広がりになっている。地図で見ればそれは小指ほどの半島だ。そして、ここに立てば、市を全く反対側から見ることができるというわけだった。

   (『海炭市叙景』「9 いまここにある半島」より)

 

 

亡くなったのが1990年ですから、22年が経っています。

クレインが『佐藤泰志作品集』を出してくださった2007年から5年です。

 

この5年、さまざまなことがありました。

ルネサンスの会での文さんを招いてのイベント、

『海炭市叙景』映画化の製作実行委員会発足、

映画の撮影・公開、

絶版になっていた本はすべて文庫化、

さらには初期作品集の発行まで。

映画は2年たった今も、国内外で上映され、本の読者も格段に殖えました。

実に実に感慨深いです。

 

しばらく墓前で泰志と語らって帰りました。

栗の実を拾っている人がいました。

松ぼっくりも転がっていました。