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句集『肋木』

雨です。

洗濯の外干しも草取りもできない雨の日です。

暗いです。

たまっている家の仕事も点字もアレヤコレヤもあるのに、何もせず音楽を聴いてぼーっとしていました(ボットーとボーット、ことばは似てるけど実体は真逆ですね笑)。

ぐーたらです。

しょうがない雨の日は 雨の日はしょうがない♪(「雨が空から降れば」別役実 詞 小室等 曲)

 

あ、送っていただいた句集は読みました。

詩誌や詩集は、この夏もたくさん寄贈いただきましたが、句集は初めてです。

『肋木』という杉野一博さんの句集です。

杉野さんは、俳句誌『艀』の主宰者で、北海道新聞の文芸コラムも書かれている俳人です。

若い人たちの指導にも熱心で、高文連文芸の道南支部の講師や選考委員も長年されています。

わたしもお名前だけ以前から存じていましたが、お目にかかったのは3年前に高文連の関係でした。

ご病気をされたと伺いましたが、御歳81歳とは思えない肌つやの良い若々しい方です。

8冊目の句集となる『肋木』には平成17年から20年までの477句が収められています。

句集 肋木

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

句集名の肋木は、懸垂などをする体操器具です。

昔の小・中学校には大抵あったようですが、わたしの小学校にはありませんでした。

雲梯や登り棒はありましたが。

(それにしても、肋木にしても雲梯にしても、すごい命名ですね!)

句集は四つの章に分けられていて、四章は幼馴染みの二人の友、「斉藤高原舎の死」から始まり「作曲家廣瀬量平の死」で終わっています。

斉藤氏は杉野さんと「幼稚園、小学校と一緒であり、青春の挫折のときに俳句の世界へ誘ってくれた」方だそうです。

 

約束のいつもの春のこなごなに

 

もう一人の廣瀬量平氏は、函館出身の高名な作曲家だが、やはり小学校が一緒で、「青春時代の交流にひきつづき、単に感覚表出や主観吐露でなく、確かな方法論をもって表現を重ねる。表現するだけでなく、その結果によって自らの生を解放してゆくことの重要性を認識させられた」方だったそう。

 

冬満月銀の笛から音溢れ

 

この笛はフルートでしょうか。

廣瀬氏はフルートや管弦楽の作曲もされていますね。

わたしは、函館博物館所蔵の縄文の石笛を氏が吹かれた音源を、館長さんから聴かせていただいたことがあります。

 

先月、杉野さんから若き日に演劇を志されていたことを伺ったことを思いだしました。

都会での廣瀬さんとの交流もあったことでしょう。そして、挫折から俳人として作句する表現者として、この二人の友から受けたものは大きなものだったことでしょう。

それだけに、喪ったショックもまた・・・

 

「小学校四年のとき大怪我をした私は、体育の時間など肋木の横で、二人の動きを見詰めていた。まさか先に逝かれるとは思わなかったが、いまは天上から、私の立ち位置がずれていないか。表現の箍が緩んでいないか。見詰められていると感じ、悲しさを超えてなお緊張を解かずにいる。」                                                              (「あとがき」より)

 

本のカバーの肋木が、人の肋骨のようで、杉野さんにとって俳句は上へ上る鍛錬の肋木であると同時に、胸部を支える肋骨なのだと思ったのでした。