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とりわけ六月は - 『神楽坂映画通り』

連日の快晴。

昨日はカーテンを洗ったので、窓を開けるとレース越しの風が気持ちいいこと。

青い空にヒコーキ雲の白い航跡。

申し分のない北の初夏だけど・・・

 

二ヶ月以上も前から頼まれていた六月末までの仕事、たっぷり時間があると呑気にしていたら、や、

気がつけば六月、半分を過ぎてしまってるではないか。

焦る、

といいつつ、ブログ書こうとしてる(笑)のは、ゆうべ『神楽坂映画通り』を読んだから。

この本をずっと読みたいと思っていた。

大好きな映画監督・小林政広さんの著書は、『春との旅』『小林政広の日記』と購入して読んでいる。

だけど、この『神楽坂映画通り』は絶版で、amazonで探したら出品はあるものの百万円を超えるという、ありえない金額!

やむなく、市の図書館で探したが置いてなかった。

そのうち入手する方法が出てくるかも知れない(amazon出品の値が急落するとか、古書店で出会うとか、他都市の図書館に行くとか)と、しばらく待ってみたが、どうやらそんな機会は訪れそうもないので、図書館に他館から借りてもらえるようリクエストした。

準備できました、のメールはPCの迷惑メールに振り分けられて届いた(苦笑)。

リクエストから日数が経ってたし、遠方の図書館からかと思ったら、なんと近郊の上磯図書館所蔵だった。

函館の中央図書館より規模は小さいと思うのだが、よくぞ置いてくれました、感謝!と

本の表紙を開いたら、普通は外してしまう帯を貼り付けてあって感心した。

 

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『神楽坂映画通り』、一気に読んだ。

何の予備知識もなく読んでも面白い青春小説だと思うが、既に著者の唄を聴き、映画を観ているので、感慨はひとしお。

入院中の母親の病院から帰る父と弟の後ろ姿が映画『歩く、人』の父と弟に重なり。

語り手と恋人との関係が、CD『とりわけ10月の風が』のライナーノーツを思い出させ。

そして、夢を応援する病身の母に共感し。「僕」に息子を重ね、母親のような気持ちにもなって。

 

奥付を見たら1999年6月の発行。

今から15年前の、6月。

『小林政広の日記』は、それから7年後の6月。

想いは、わたしの6月と飯田橋を引き寄せる。

 

作品に頻出する飯田橋に二度だけ行ったことがある。

一度は、大江光さんの楽曲コンサートへ上京した二十年以上前に飯田橋のホテルに泊まった。

大江光さんの作品に出会ったのは、大江健三郎さんの伊藤整賞受賞記念講演を聴きに行った六月の小樽。

息子の光さんの作品集に大江さんは伊藤整の詩行とサインを書いてくれたものだ。

 

林檎園はほうっと白く

りんごの花さかり。

六月。

(伊藤整「林檎園」より)

 

二度目は、映画『海炭市叙景』の初号試写に上京した2010年6月。

羽田に着いたのがお昼時だったので、一緒の飛行機だった山本さんとランチをすることになって行ったのが飯田橋だった。

映画の資金調達と宣伝のための街頭募金やロケ中は食事班で共にあった彼女と、夜の試写に不安と愉しみを抱きながら、食事した。

お堀端のレストランは水上にデッキがあって、六月の風が心地よかった。

なんでだろう、わたしの六月は音楽と映画に結びついている。

 

『神楽坂映画通り』は

僕の映画人生は、今始まったばかりだ。

と、結ばれている。

小林監督の、その後の映画人生を知っている今、この一行に打たれる。

先に引いた伊藤整の詩は次のような最終連だ。

 

この花が散れば

それで夢のやうに過ごした六月は経ってゆき

それから先の世界では

ただ狂ほしく私をめぐって

緑へ緑へと季節が深まるばかり。

 

『神楽坂映画通り』の「僕」の映画人生も、それから先、季節を深めていったと思う。