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「無垢な光芒」と「おぅねぇすてぃ」

11月も半ばとなりました。

木々は葉がずいぶん落ちて、葉が茂っていたときには思いもよらない骨格をみせて寒そうに立っています。

その裸の木の姿が、いよいよの冬到来を告げています。

今日は風が強く枯葉が舗道を走り廻っていましたが、函館市文学館へ行ってきました。

2ヶ月間にわたって開催されていた佐藤泰志没後25年の企画「佐藤泰志展」が明日で終わるのです。

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文学館の佐藤泰志コーナーは何度も訪れているので、展示されている資料は殆ど見知っているものでしたが、いくつか初めて見るものもありました。

なかでもうれしかったのは、映画『ブルックリン最終出口』のパンフレットです。

わたしの大好きなこの映画のパンフに泰志が書いているのは、中澤雄大さんの評伝や文學界の正津勉さんの追悼文で知ってはいましたが、実物を見たのは初めてでした。

泰志の文章のタイトルは「アメリカの叫び-無垢な光芒」。

正津勉さんは、追悼文でこの文章に触れながら、訃報後の数日読み続けた佐藤泰志の作品に「そこにはあの-無垢な光芒-こそあるばかりなのである」(『文學界』平成2年12月号)と書いておられます。

「顕微鏡」の自筆原稿もありました。

この作品は、昨年の11月に河出書房新社から出た福間健二著『佐藤泰志 そこに彼はいた』で初めて読みました。

ひととおり見終わってから、小説『海炭市叙景』の表紙カヴァーの原画を久しぶりに観てきました。これは佐藤泰志の中学・高校の同級生たちが中心になって募金活動をし、文学館に贈ったものです。今から22年前のことでした。

 

それから、11月7日にお亡くなりになった宇江佐真理さんのコーナーにも寄りました。

宇江佐さんは佐藤泰志と同年生まれです。

前に『函館文学散歩』という冊子の「戦後生まれの作家」の項で佐藤泰志・宇江佐真理・辻仁成の3人を担当しました。

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ご病気だったことを知らなかったので、訃報に驚きました。

わたしは時代小説は全然読まないので、宇江佐さんの読者ではなかったのですが、函館の大町が舞台の『おぅねぇすてぃ』は読みました。

Honesty.

宇江佐さんご本人が、そうだったのではないかと思います。

一度だけ電話でお話したことがありますが、偉ぶらない気取らない方でした。

宇江佐さんの著書は、8年前よりさらに増えてなんと60冊もありました。

ご家庭のこともされながら、亡くなる直前まで執筆されておられたようです。

とてもとても残念です。

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さびしい秋です。

せいいっぱい生きなければ、そう思いながら帰途につきました。