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吉増剛造とエミリーの小石

六月も今日で終わり。

今年も半分が過ぎたのですね。

今日は調べものがあって、中央図書館へ行ってきました。

「市街戦のジャズメン」が掲載されている『北方文芸』1968年3月号も閲覧しました。

48年前の春にこれを読んで衝撃を受けたのでした。

いま読んでも、書き出しからして上手いです。

高校生がこれを書いたわけです。

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その佐藤泰志と同年の宇江佐真理も、高校生のころから書いていました。

「ウエザ・リポート」(これを書きたいがためにペンネームを決めたそうです。ウェザーリポート、天気予報のもじりです。)に所収の「高校生の夏休み」というエッセイが好きです。受験雑誌の小説募集に応募して佳作に入選するものの、最優秀作のレベルに挫折感を味わい、もっとうまくなりたいと思った少女は、増えた規定枚数に苦しみながらもさらに挑戦する。高校三年のときも佳作だったが選考委員の本多秋五さんの「印象的な作品」という選評は「十八歳の女子高生をその気にさせるには十分な言葉」だったそう。

「私の小説家としてのきっかけはそこにあると思う。」

「長い長い模索の日々が続くことなど微塵も考えず、私はひたすら小説を書くことだけを考えるようになった。

 疲れた眼で窓の外を眺めれば、空地にはヒメジョオンの白い花が揺れていた。金魚売りの間延びした触れ声も微かに聞こえる。

 静かな夏のひと時、思えば何と幸福で豊かな時間を過ごしたことだろう。高校時代に何か誇れるものがあるとしたら、私は迷わず小説を書いたことを挙げる。

 その時の気持ちが忘れられず、今も私は小説を書き続けているのかも知れない。」

 

図書館から帰宅したら、小樽の詩人からレターパックが届いていました。

わー、わー。開けて狂喜しました。

東京国立近代美術館で開催中の「声ノマ 全身詩人、吉増剛造展」の分厚い図録? 書籍です。

声ノートというディスクが2枚ついています。

豊富な図版、テキスト・資料つきの豪華本です。

なんと、なんと、長屋のりこさんが東京のSさんに頼んで購入したものを、吉増ファンのわたしに贈ってくださったのですよ。

ありがとうございます!

 

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長屋のり子さんの達筆なお手紙と、トークイベントにも参加したSさんの詳細なノート(きれいな小さな文字がびっしり詰まった感嘆モノです)のコピーも添えられています。うれしい!!

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ちょうど吉増さんの『わが詩的自伝 素手で焔をつかみとれ』を読んでいるところでした。

わたしが詩を書くようになったのは吉増剛造の「オシリス、石の神」を聴いたからでした。

石と言えば、自伝の中には大好きなエミリー・ディキンソンの詩も掲載されています。

 

小石はなんていいんだ

道にひとりころがっていて

経歴も気にかけず

危機も恐れない

あの着のみ着のままの茶色の上着は

通りすぎていった宇宙が着せたもの

         (中島完訳『エミリー・ディキンスン詩集』国文社より)

 

なんだろう、小石は佐藤泰志や宇江佐真理が描いた市井の人に重なります。

そして、売れっ子作家になっても贅沢をせず生まれた街から一度も出ずに書き続けた宇江佐さんとエミリーも。

 

長屋さんは小柴節子さんの詩集も贈ってくれました。

19年前の6月発行の詩集名は「雨ノチ雨」

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発行者は浅野明信

小柴氏も浅野氏も既に亡く

六月の雨は、死者を哀惜する涙でしょうか。