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『バッシング』を観て、

映画『バッシング』(2005,小林政広監督)を観ました。

とてもよかったです。

良い意味で予想が外れました。

泣きました。

映画を観てこんなに泣いたのは久しぶりです。

わたしはちょっと構えて観始めました。

タイトルから、あのイラク事件でのメディアやネットでの酷い論調や誹謗・中傷を連想していたから・・・

でも。そうではありませんでした。

この映画で描かれているのは報道などのバッシング以後なのでした、本当に大変なのは。

生活していく場所での家族をも含めた疎外、ついに、人質となった地へ再び旅立たつ決意をさせる、このマチの、このクニの不寛容。

主人公の生き難さ。

 

映画が始まってすぐ、ホテルでのベッドメイキングの場面

主人公が同僚と二人でカバーを広げるところ、(フランス映画『まぼろし』の別荘でソファーのカバーを夫婦で畳むシーンを思い出しました)

いいなあ。この監督の働く場を描く丁寧さ、好きです。

波の音が、主人公の波立つ心と、これから起きるだろう不穏さを感じさせ、観る者の胸もざわめきます。

食べ物も食べ方もリアル。コンビニでの主人公のおでんの頼み方、覚えがあります。

コンビニでバイトしていたことがあるのですが、たいてい、おでんつゆを多めにと言います。

あるときなど、お金がないのでしょう、学生に「おつゆだけもらえませんか」と言われたこともあります(店長にはナイショで、あげちゃいました)。

 

シリアスな映画ですが、最後に救いがありました。

主人公は、理解し応援してくれていた父の自殺の後、出国の決意をします。

その費用にと、父の保険金のことを切り出し、夫を喪った哀しみにある継母に本気で殴られますが、

出国前、彼女は初めて「おかあさん」と呼びます。継母も、それまでサンづけだったのが「ゆうこ」と。

母は餞別を渡しますが、このクニにも愛してくれる人がいる、一人は味方がいる、というのが旅立つ彼女へのなによりのはなむけだと思いました。

そういえば『歩く、人』のラストもよかったです。

父の告白に、頑固な父も母の言葉に傷ついていたんだと知った長男が「ずっと生きて」と声をかけるところ、忘れられません。

 

主人公を演じる占部房子は、ジュリエット・ビノシュを若くボーイッシュにした感じ。

そしてビノシュより、わたしは好きです。

継母に押し倒され殴られていたときの、泣き顔。呻る海のような悲痛な眼から流れる涙。いっしょに泣きました。

 

いい映画です!

声高に何かを主張する訳じゃなく、感じさせ、考えさせる作品でした。

いろんなことを思います。

殺された香田証生さんのことも思い出しました。

あの青年は、このクニが国民をあっさり見殺しにするクニだと教えてくれました。

死の恐怖の中で、謝罪までした静かな青年のことを忘れないでいようと思います。

イラクでの人質事件では、政治家や、冷静であるべき新聞の社説まで「自己責任」とか「自業自得」という語を使って呆れました。

映画のなかで時が経つのを「待つ」しかないという言葉がありましたが、

不寛容で攻撃的な風潮を、メディアが煽っているのですから、「待つ」ことの日々のつらさは測りしれません。

 

忘れかけていたことを考えさせられた映画でした。