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『春との旅』ふたつ

大晦日に映画『春との旅』(2010年)を観ました。

そして、さきほど原作本『春との旅』(毎日新聞社)を読み終えたところです。

 

映画『春との旅』

印象的な場面がたくさんありました。

春がお風呂で「時には母のない子のように」をハミングするシーン。

あれは亡くなったお母さんが口ずさんでいた歌だったのだろうな、なんて想像させます。

会いに行く忠男の兄弟たちは、みなそれぞれに事情を抱えていて、でもやっぱり兄弟なのです。

邪険なようでいて情があります。その描き方にも愛を感じます。

そして、小林政広監督の、仕事場や仕事を撮る丁寧さ。

いつも感心しますが、今回のロード・ムービーにも、それはありました。

忠男の姉の経営する旅館の厨房で、春に手伝わせるところ。

小学校で給食の仕事をしていた春は、両手で小皿にお新香を盛りつけていました。

決められた時間に大量の食事を用意する給食の場では、スピードと効率よい動きが要求されます。

わたしが働いていた病院の給食でも、空手で戻るな両手を使え、と先輩から指導されたものです。

春を跡継ぎにと考えている淡島千景さん演じる伯母が、春の盛りつけの様子をうかがい満足そうな表情をするところなど、じつにきめ細かいなと感じました。

俳優さんたち皆いいですが、とにかく仲代達矢さんがすばらしい!

別れた父との再会で春の徳永えりさんが号泣する場面も胸に迫り泣きましたが

わたしが最も好きなのは、その場を離れた忠男が牧場で伸子と語るところです。

伸子は、片方の耳が難聴で父のいない母子家庭で育った女性という、けっして恵まれた境遇ではないにもかかわらず、そのことでいささかも損なわれていない心の美しい女性。

忠男を「おとうさん」と呼び、一緒に暮らそうとまで申し出ます。夫はお父さんが大好きだ、とも。

娘の夫だった男の妻のあたたかい言葉に、追い続けた夢に破れ娘に自殺された忠男の頑なな心が慰藉され解きほぐされてゆく感じがたまらなかったです。

仲代さんの大きな瞳に涙を湛えた顔。あの場面を思い出すたび、涙があふれます。

伸子という人物を造型し、ここに配した脚本・監督に敬意と感謝の念を覚えます。

(この伸子・戸田菜穂さんも「フリック」の伸子・大塚寧々さんも声が優しい!)

 

観終わって、映画のすばらしさと共にタイトルの良さをあらためて感じました。

『春との旅』は、孫娘・春との旅というだけではなく、旅の進むたびに温もっていく春を携えた旅でした。

 

小説『春との旅』

面白かったです。

映画とはまた違う味わいがありました。

映画は、家を出て戻る数日間の旅という設定ですが、小説は数年の出来事が

春・圭そして三人称で語られる章で構成されています。

そこには、忠男と彼の妻・娘・孫、孫の夫となる人や隣人・知人など多くの人物が登場します。

ここから、また映画がつくれそうな物語があります。

春の恋や春の母と父の恋、忠男と妻の生活、それぞれの仕事があります。

映画を観た方にも読んでほしいです。

わたしは映画やシナリオのことをよく知らないので、

これだけの緻密な人物・ストーリーを組み立てているから、あんなに感動的な作品ができるのかと感心しました。