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映画『恋の罪』と小説『グロテスク』

映画『恋の罪』(園子温監督)を、シネマアイリスで観てきました。

いつもは平日しか映画館へは行かないのですが、土曜日、初日です。

それほど観たかったのですね。なぜ?

それは・・・東電OL殺人事件からインスパイアされた作品、だからです。

 

アイリスで、代表の菅原さんにお会いしました。

菅原さんは映画『海炭市叙景』の発案者で製作実行委員長です。

以前、海炭市イベントの二次会で、わたしが桐野夏生の愛読者だという話になったとき、

菅原さんは言ったものです。

『グロテスク』、映画化すればいいのにね、どうして誰もしないのだろう、と。

そのとき、わたしは賛同しませんでした。

桐野作品の映画は、『OUT』も『魂萌え!』も世評は悪くなかったのかもしれないけれど

読者としては、原作に書かれている、それも肝心なことが抜けていると不満足だったからです。

まあ、原作と映画は別物と割り切らなければならないのでしょうが・・・

そして、映画『恋の罪』です。

これは『グロテスク』が原作というわけではないですが、同じ事件からインスパイアされている作品、

園監督がどう描くか、とても興味がありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

で、観ました。

うーん、つっこみどころ満載!(笑)

最初にスクリーンに流れる字幕の2行、

・ラブホテルとは男と女が・・云々

・ラブホテル街とは・・云々

この説明は何? 外国人向けなのでしょうか。だとしても、要らないです。

ラブホテルの物語じゃないでしょう? これを生かす別の物語という手はあるでしょうが。

それと、小説家の妻の独白の拙さ。

詩人でもある園監督は、田村隆一の詩「帰途」より〈言葉なんか覚えるんじゃなかった〉を引用します。

売春婦のエリート助教授が大学で講義するところ、フランス映画『まぼろし』を思い出します。

あの映画ではシャーロット・ランプリングがヴァージニア・ウルフの「波」をテキストの講義でした。

入水自殺をしたウルフの「波」は、ランプリング演じるヒロインの心象に、そして原題「SOUS LE SABLE(砂の下)」にも響いている通奏低音でしたが、

言葉なんか覚えるんじゃなかった、はどうなんでしょうか。

なんども繰り返されますが疑問でした。

言葉なんか覚えるんじゃなかったと、言葉で言うことの矛盾背反はったり?

映画なんか覚えるんじゃなかったと、映画で言いたいのかしらん(苦笑)。

卑猥な会話で女は欲情するという男の勘違いパターンも、流れていった女が子どもたちの前で放尿するシーンも嫌でした。

それから、ラスト近く、助教授の父子相姦的関係を窺わせる部分は桐野夏生の『ローズガーデン』を想起しました。

遺体の切断やマネキンとの組み合わせなど、そんなことをしている時間や運搬や労力も、見つからずに事を成せるかとリアリティーを感じません。

それでも、女優さんたちは素敵でした。

水野美紀さん、富樫真さん、神楽坂恵さん(独白はいけません)、そして大方斐紗子さんも。

 

この映画を観たことで、『グロテスク』を映画で観たいと思いました。

あの世界を全部は無理でも、思春期から階層社会で生きてきた主人公の姿を描くことで、闇や病、人間の底知れなさをみせてほしいです。

小説の帯の惹句はこうです。

「あたしは仕事ができるだけじゃない。

光り輝く、夜のあたしを見てくれ。」