JAMAJA新年会
きのうは、JAMAJAの、ちょっと遅い新年会でした。
昔からの友人たちの集まりです。
夫の高校や、わたしの中・高校時代の同級生や、その伴侶。
東京時代も一緒だった友人が大半で、気の置けない仲間です。
JAMAJAというのは、以前は毎年、秋の誕生会は楽器を持ち寄り音楽会をしていて、
遠くから来られる方もいるので、その時期に合わせてお土産に、学級文集のようなものを作ったときの誌名です。
詩・創作・エッセイ・評論(?)ありの、ま、遊びですが・・・
(わたしが入力・編集をして毎年出していましたが、みんな忙しくなってここ数年はお休みしています)
きのうはホテル入川での会合でした。
メンバーの生家です。メンバー本人は開業医ですが、場所は大体、ここか「魚まさ」です。
「魚まさ」は映画『海炭市叙景』の実行委員・高野さんの経営するお店です。
食事班の拠点となった「カントリーカフェ」も彼女のお店ですが、彼女が映画に関わることになったのも、このJAMAJAがきっかけでした。
3年前の2月、実行委員会が発足してすぐのころに、やはり入川であったJAMAJA新年会で、
「今度、佐藤泰志原作の映画を作りますのでご協力お願いします」と言ったら
すぐに手を挙げてくれたのでした。
他の仲間も、みな募金に協力してくれました。持つべきものは友ですね。
わたしはお酒が飲めないので(つまらないですね)、専ら食べる方でしたが
みんなは飲んだり食べたり喋ったり、温泉に入ったり。
たくさん食べました。
仕上げは、うなぎ茶漬けでしたが、もう入りませんでした。
以前は、延々と続いた宴会も昨日は早いお開きでした。
みんな年をとりました。
映画と歌 『CLOSING TIME』を観て
2月も中旬を過ぎ、日射しは春めいてきましたが、
寒さと雪は、緩まるどころか、いっそうの厳しさです。
日々、雪捨てや落雪を案じ、雑多なことに追われています。
そんな中、家事をしながら音楽を聴いたり
深夜、映画を観るのが楽しみです。
一昨日は、映画『CLOSING TIME』(’96 小林政広監督)をDVDで観ました。
先日のブログに書いたCD『とりわけ10月の風が』と共に購入したのですが
CDがとても良くて、数日その余韻に浸ってから、やっと封を切りました。
タイトルの『CLOSING TIME』はTom Waitsの同名アルバムから。
映画は4つのパートに別れていて、それぞれに付されている名も、Tom Waitsのアルバム中の曲名です。
そのせいでしょうか、レコードアルバムのような映画だと思いました。
実際、4つに別れているものの、独立した短編のオムニバスとは違います。
一人の男が遭遇する4つの詩(うた)のようでした。
4つの中で、3番目の「LONELY」が好きでした。
1,2番目も映画への愛を感じる、小林監督らしいものでしたが、
3は別格に良かったです。
深水三章演じる彷徨うシナリオライターに髪を切った方がいいのに、という青年との出会いから。
青年の髪は自分で切ったんでしょう、虎刈りのようにまだらです。
上着の袖からフリルが異様に覗いています。
この、ゲイで、エイズで、天涯孤独で、ホームレスという、マイノリティーのなかでもさらに過酷な境涯の青年を北村康(現・一輝)が見事に演じています。
社会から疎外されてきた最底辺の青年が主人公にみせる優しさや、死に瀕しても「人に迷惑をかけちゃいけない」というところは哀切です。
すごくいい脚本・演出だと思いました。
監督のまなざしに、ふっと佐藤泰志を感じました。
佐藤泰志の小説にも「頭のとろいあんちゃん」や浮浪者の「陳さん」が出てくるのです。
そして、数日前『とりわけ10月の風が』の最初の曲、「イタリアの天使」を聴いたときに泰志の「市街戦のジャズメン」という10代の作品を想起したことを思い出しました。
まったく作品のカラーもテーマもちがうのに、です。
「イタリアの天使」は都会的でさみしさのなかにも明るさを感じる歌だし
「市街戦のジャズメン」は政治的な箇所や死の予兆も感じさせる暗い作品です。
そのときは、若さとか最初の作品だからだろうと、自分の勝手な結びつけを振り払ったのですが・・
以前、福間健二さんが映画『海炭市叙景』の批評で
熊切監督が佐藤泰志と資質が近い(まじめさにおいて)のではないかと書かれていました。
福間さんの文脈では、それは必ずしも肯定的な意味ではなかったかもしれませんが、
わたしは、資質の近さ、まじめさという点で同感でした。
付け加えるなら、ピュアな魂、無名の、底辺にいる人々へのまなざしについても、近いものがあると。
わたしが小林監督の作品に惹かれるのも、きっとそこなのだと、『CLOSING TIME』を観て思いました。
小林政広監督第1作
ゆうばり映画祭’97グランプリ受賞
歌と映画
CD『とりわけ10月の風が』(1993)を聴きました。
林ヒロシさんの楽曲です。
「遅れてきた青年・コバヤシ君」と題された山本恵三さんの文に胸がいっぱいになりながら
「イタリアの天使」から「寒かったころ」まで聴いて、
あとがきの小林政広さんの文を読みました。
そうです。林ヒロシさんは映画監督の小林政広さんなのです。
まえに、このブログでも「寒かったころ」については書きました。
あのCDは映画『バッシング』時に出されたものですが、この『とりわけ10月の風が』は
小林監督が林ヒロシとして音楽活動をしていた’75年、21歳のときのレコードの復刻です。
「彼らは若く、清新だった。友部たちが実際の年齢よりも老成した印象を与えていたのに対し、林ヒロシや林亭は、オトナぶってはいても、まだ少年の面影があった。今聴き直しても、当時のピュアな精神を感じる。」
そう漫画家のいしかわじゅんさんが書かれているように、声にも歌の世界にも、少年を感じました。
聴いてるとなぜだか涙がぽろぽろ流れるのです。
ずっと、いい映画を観たあとのように余韻にひたっていました。
実はCDと一緒に、小林監督の映画第1作のDVDも購入していて、きょう観るつもりだったのですが、
別の日に観ることにしたほどです。
それで、ふっと気づいたのです。
小林政広さんは、林ヒロシのとき、たしかに音楽をやっていたけど、あれは映画だったのだと。
えーと、言い方がへんでしょうか。
つまり、シンガーソングライターです、独りでやる映画だったんだと思ったのです。
だから、歌手が監督に転身というのは、その通りだし、そうじゃないのだと。
(ますますヘン?)
人は変わるものだし、人は変わらないものだと。
作詞作曲し唄っていた林ヒロシ青年と、脚本も書く小林政広・映画監督は、その規模や世界の大きさは違っても、本質は同じだと思ったのです。
『とりわけ10月の風が』はディラン・トマスの詩のタイトルから採られた、と小林さんご本人が教えてくださいました。
不勉強で、よく知らないのですが、ボブ・ディランが、名前をいただいた詩人ですね。
39歳で亡くなったようですが、小林政広さんは、その39歳に、このアルバムを復刻されました。
映画を作られる3年前のことです。
わたしは、『海炭市叙景』に関わるまで日本映画にあまり関心がなく、小林監督のお名前も作品も知りませんでした。
ほんとうに遅れに遅れた出会いですが、それでも出会うべき人にも作品にも、いつかは出会うものだと嬉しくなります。
きょうは、いろんなことを思いました。
ヒントや励ましを、コバヤシ青年の出発から貰いました。
もうひとつの出発も楽しみです。




出版社: 響文社 (2010/11)