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「平和の日」函館の集い② 梅花力

3月も早7日。

路地にはまだ雪が残るものの、ずいぶん春めいてきました。

外に出るのも、そう億劫でなくなってきましたが、仕事は片づきません(笑)。

きょうは少しがんばって手紙を2通は書こう、郵便局に行って、それから点訳と校正もしよう、などなど予定を立てていますがどうなることやら。

 

その前に先日の「平和の日」イベントリポートの続きを少しだけ。

 

トーク2組目は中西進・黛まどかさん

「ことば」をテーマに話されました。

ことばの乱れや若者ことば、お二人が気になる表現など興味深く聞きました。

なかでも印象深かったことのいくつかを記してみます。

 

までい

福島原発事故のせいで全村避難を余儀なくされた飯舘村は、平成の大合併時にも、自立の道を選択し独自の村づくりを進めてきた村だそうです。

飯舘村の村づくりのモットーは「までい」

「までい」とは東北地方の方言で丁寧を意味するのだそうです。

その「までい」は漢字で書けば「真手」

そして、そのことばは古く万葉集にある「両手(まで)」です。

いいことばは時代を超えて残っているんですね。

そういえば函館でも、「まで」は昔よく使われていました。

わたしの母なども「あの人はまでな人だ」「までな仕事ぶり」という風に言ってたものでした。

「まで」「までい」 ほんとうにいいことばですね。片手で雑に扱わない、ていねいに慈しんでいる姿が浮かびます。

仕事も子育ても人との関わりもそうありたいと思います。

そうやって「までい」に暮らしてきた人たちが、原発事故のせいで村を離れさせられたのです。

さぞかし無念なことだろうと胸が痛みます。

 

いちごばなれ

岩手にあることばだそうです。

岩手の野山には、おいしい野苺が実ります。

熊の親子がその野苺を食べに出てきて、子熊はおいしいものだから夢中になって食べます。

その間に親熊は姿を消すのだそうです。

満腹になって気づいたときの子熊の悲痛な声がきこえるようです。

子熊にとっての通過儀礼、親熊にとっての子離れなんでしょうね。

「いちごばなれ」苺を見るたび、きっと思いだすだろう「ひとしずくのことば」です。

 

梅花力

寡聞にして、このことばも知りませんでした。

道元の『正法眼蔵』にあることばだそうです。

春になるから梅が咲くのではなく、梅が咲くから春がはじまる。

全てのコントローラーは梅の花なのだと。

それを聞いて、数日前に大阪に住む友が庭に咲く梅の花を見つけた朝を思いました。

それは確かにわたしにも伝播して、その花から唇から春が開いたようだったのです。

 

まんかいのさくらがみれてうれしいな

岩手の山田町のこどもが作った俳句です。

苦難ののちの、まだ傷の癒えていない人と土地の、それでも生きて(自分も桜の木も)満開の桜を見られた歓びがまっすぐ伝わってきます。

生きていればこそ、の春。

おとなの俳句も紹介してくれました。

「身ひとつと薫風ありしかな」

俳句は短いので頭の中に入れておけるから、被災されたその夜に作句された方もおられると黛さんは仰っていました。

中西さんが仰った「ことばが砦」も忘れられません。

 

ことばのチカラも梅花力かもしれません。