正月と着物

年が明けて早6日目。

帰省していた三男もとうに大阪に戻り、ひとりで正月用食品を片づけていく日々であります。

朝寝してもだれにも咎められません。

息子がいたときは、朝風呂(朝6時からやっている温泉旅館の日帰り入浴)に行く早起きのヤツの朝ご飯を用意するので、わたしもそれなり早起きでした。

わが子とは言え男子なので、寝室を出る前に着替えして台所に立ちましたわよ。

でも、いまはだれもいないし監視カメラもない(たぶん)ので、呑気なものです。

寝間着はパジャマやネグリジェではなく、綿のワンピースを着用しているので、まあ宅配便のチャイムが鳴ってもそのまま出てゆける、そんなていたらくでございます。

そんなはずかしい老いのわたくしめも、かつては若くて(笑)、正月ともなれば和服を着て正月らしくしていたんだと思い出す古い写真が、今朝さがしものであけた抽斗から出てきました!

長男(8ヶ月)の初めてのお正月です。

三軒長屋の家の前で夫が撮ってくれたものでしょう。

元旦、息子の着ているのは母が作ってくれた着物です。

わたしの大島も母が縫ってくれました。

 

30代で夫を亡くした母は娘たちを育てるのに必死で仕事をしていたので、ふだんはスラックスばかりでした。

お嬢さん育ちで結婚前は働いたこともなかった人でした。

和裁ができたので、自分や娘・孫たちの着物や浴衣を忙しい中よく作ってくれました。

着物の母が好きでした。

わたしは末っ子なので母について歩くことが多く、デパートでの反物選びも一緒にしました。

母は昔の人ですが、わたしより背が高く細身でしゅっとしていて着物が似合いました。

わたしはふだんは和服を着ることもなかったのですが、結婚した最初の数年のお正月は着ていたようです。

貧しく若い夫婦でしたが、お正月らしく過ごしていたんだなあと感慨深いです。

お正月に和服を着なくなったのは、二男が生まれて忙しくなったからだったか。あるいは、それ以前にエレベーターのない4階に引っ越してからだったか、いまでは判然としません。

 

母が亡くなったあと、遺品整理していた姉たちが、「これ、さなえに作った着物だと思うよ」と、仕付け糸のかかった青い着物を渡してくれました。

高いものではなく普段着ですが、反物を見て娘に着せたいと独りの部屋で縫ってくれたのかと思うと、涙がにじみます。

あれは、まだ一度も袖を通していません。

20数年前の当時でさえ、わたしには若すぎるような柄ゆきでしたが、来年のお正月は着てみようかな。

でも、でも。

柄よりなにより・・・

あの当時より、洋服で言えば3サイズも大きく(太く、ともいう)なってしまったわたしです。

着るためには、大幅なダイエットを敢行せねばなりませぬ。

来年も無理かも(笑)