陸繋砂州通信 > 熊切和嘉

血と氷 - 映画『私の男』

今日は父の日。

息子たちからプレゼントが届いて夫はご機嫌。

訪れた長男と3人で蕎麦屋でお昼を摂り、ショッピングモールへ買い物にも行った。

外出中も、昨日観た映画『私の男』で流れていたドヴォルザークの「家路」が、映像の断片と共に何度も何度も脳内を巡る。

夫はクラシック音楽には疎いのだが、唯一好きなのが道東での中学時代に聴いて感動した「新世界」だと昔から言っていた。

映画を観ながらそれを思い出しもしたのだ。

 

『私の男』には震撼した。

敬愛する熊切監督の作品だが、手放しで好きと言える映画ではない。

しかし、好悪を超えて、凄い映画だった。

冷気が伝わってくる流氷の映像、これ以上ないだろうと思う配役の渾身の演技。

おぞましさ、おそろしさ、あやしさ、あわれさ、うつくしさ、かなしさ、したたかさ

知ってる形容詞を並べ立てても、まだ足りないような映画だった。

 

花の二階堂ふみさん、淳悟の浅野忠信さんの演技は見事だった。

花は、まさに名のごとく、咲く花だった。10歳の少女は、たった4・5年で女になるのだ。血を流しながら咲く花なのだ。

花と言えば、流氷もまた、寒いくにから流れ着く川と海が交わって、塩を吐きながら咲く氷の花だろう。

そういえば、流氷の天使と呼ばれるクリオネは成長すると肉食なのだそうだ。

あどけない花は、しだいにファムファタールの様相を呈していく。

淳悟が「親父になりたかった」と、すっかり荒廃した貌に涙を浮かべて呟くシーンは忘れられない。

血と性。その花の虜になって背徳と犯罪に堕ちてゆく男の悦びと滅び。

夥しいゴミ袋の山が、男に接岸した退廃と呵責の時間を象徴している。

そんな中で、なにを吸い上げてか、いよいよ美しく妖しく咲きつづける花の強靱さ。

その酷薄なまでの対比。

 

花の子ども時代を演じた山田望叶ちゃんが、ほんとうに二階堂ふみの幼少時みたいに似ていてキャスティングにも脱帽。

彼女が地震の遺体安置所で、横たわる人を蹴るシーンは、『海炭市叙景』の谷村美月さんが兄の竹原ピストルさんの蒲団を蹴って起こしたことを思い出させた。

他にも、熊切監督作品に共通する部分、たとえば淳悟が大塩(藤竜也)殺しを疑って探しあててくる田岡(モロ師岡)にシチューの煮えたぎる鍋をぶちまけるシーンは、『ノン子36歳(家事手伝い)』で、チェーンソーを振り回すシーンを想起させる。

熊切監督は、人はだれでも狂気と隣り合わせだと認識しているのだと思う。

一途さからの暴走や、溢れるものに衝き動かされての暴力、純情ゆえの激情。

 

それにしても、熊切監督の撮る冬の北海道は絶品だ。

今回も『海炭市叙景』のスタッフと同じ、宇治田隆史:脚本 近藤龍人:撮影 藤井勇:照明 吉田憲義:録音 ジム・オルーク:音楽。

『私の男』は、熊切和嘉の記念碑的作品になるのだろう。

(代表作とはあえて言わない。30代の監督は、まだまだこの先、意欲的な作品を作り続けていくだろうから。)

私の男ポスター