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11月に『佐藤泰志 そこに彼はいた』

11月最後の日です。

この月は難題が次から次と続き、わたしにとって大変な月ではありました。

それでも、そんな日々にも、うれしいことはあって。

人生悪いことばかりじゃないなと思わされ生かされているのは、神様の罠でしょうか。

いいえ、きっとギフトです。

昨日、福間健二著『佐藤泰志  そこに彼はいた』が届きました。

456頁の大冊!

 

 

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(河出書房新社 2900円 税別)

 

 

夢を共有した詩人が

その生涯をたどりながら

全作品を未発表作品・

草稿まで含めて徹底解説、

佐藤泰志の生と言葉を

未来へ刻印するために、

全力を投入して書き下ろした

奇蹟の評伝

      

 

そう帯文にあるように、佐藤泰志の死から24年後の、友人であった福間さんによる労作です。

家人の入院などもあり、まだ全部は読めていませんが、この本の発行日である今日のうちに記しておきたいこと二、三。ちょっと急いで。

 

11月29日

巻末に福間さん作成の佐藤泰志年譜があります。

これまでのものに、映画『海炭市叙景』『そこのみにて光輝く』『書くことの重さ ~ 作家 佐藤泰志』、さらに今年2月に刊行された『佐藤泰志 生の輝きを求めつづけた作家』まで加わった年譜です。

2段組6頁にわたる年譜は、これ以上望めないくらい詳細かつ丁寧なものでした。

でも、私的にはここには記載されていない忘れられない年月が蘇ります。

本の届いた11月29日という日付にも感慨があります。

6年前のその日、前年10月に『佐藤泰志作品集』を出版されたクレインの文弘樹さんを招いて「佐藤泰志とその世界」というイベントをしました。

その日のことを文さんがブログに書かれています。

佐藤泰志の単行本はみな絶版だった時のことで、今、読み返すと胸がいっぱいになります。

http://cranebook.exblog.jp/10237661/

 

文さんの講演とわたしも参加したトーク後の二次会は、泰志の著作が映画になればいいねなんてはしゃいで楽しい時間でした。

まさか、この日に聴きに来ていたシネマアイリスの菅原さんと本当に映画を作ることになるとは思いもしませんでした。

 

映画『海炭市叙景』の函館完成披露試写会は、その2年後の11月でした。

翌年の11月には、福間さん・文さん・岡崎武志さん・小学館の村井康司さん・河出の阿部晴政さんらを招いてイベントがありました。

そのとき、福間さんが阿部さんに評伝を書く約束をしているのだけれど書けないのだと仰っていたことを記憶しています。

3年後の11月、その宿題を果たされたのですね、おめでとうございます!

そして、ありがとうございます!

著者の福間さんはもちろん、編集者の阿部さんと河出書房新社に深く感謝します。

阿部さんは、佐藤泰志を生前から担当してくださった方です。

この4年間で、『そこのみにて光輝く』『きみの鳥はうたえる』『大きなハードルと小さなハードル』の文庫化、『もうひとつの朝 初期作品集』『佐藤泰志 生の輝きを求めつづけた作家』、そしてこのたびの『佐藤泰志 そこに彼はいた』の刊行と、佐藤泰志を世に出し続けてくださいました。

 

すばらしいあとがき

この本は評伝と銘打たれてはいますが、いわゆる評伝というのとは違うような気がします。

「佐藤泰志について一冊の本を書く。何度やってもうまく行かず、途中で投げ出してきた。しかし、あきらめることもできなかった。」

著者がこの大冊を書きあげることができたのは「何が書けるかわからないところで書く。作品論、作家論、評伝、情況論、ただの思いつき、何もかもが混じってしまっていいと思った。」からなのでしょう。

これは詩人・福間健二の「書くことがなくても書く」(「青い家」)という詩句を思い出させます。

「それを見つけるために書く。」そう、福間健二の詩法。

書くことがなくても書く。と、詩人が最初に書いた時、そこに深い意味はなかったのかもしれませんが、佐藤泰志について全力で書きつづけることで、それこそが理由であり方法だと確信したのではないでしょうか。

書くことの、生きることの、根拠と手だてとして。

福間さんのあとがきは『佐藤泰志作品集』でも『もうひとつの朝 初期作品集』でも胸に響くものでしたが、この本のあとがきの正直さ清しさはすばらしいです。

大冊を読むのが億劫な人にも、この「あとがき」だけは読んでほしいです。

正直言って、わたし自身これまで、福間さんが佐藤泰志と彼の作品について書いてきたものすべてに共感しているわけではないです。

ひっかかる物言いもあるし、反発を覚える箇所もあります。

しかし、この「あとがき」には、永い時間かかえ考え交信し問い直し続け、書くことで見つけた人の清らかさ爽やかさがあって、読んでいて気持ちよかったです。

あとがきはこう結ばれています。

悪魔の手を借りても佐藤泰志という宿題を卒業したいと思ってきた。そういう二十四年だったかもしれない。卒業はできていない。できなくていいのだ。